吐露出来るほど溢れそうな心情はない

 今日の夕方、じいちゃんが死にました。その知らせを聞いたのは帰りの電車の中だったけど、あっという間に息を引き取ったそうです。家に帰ってからそのまま父親の車に乗ってじいちゃんの家に行って顔を見てきました。すごく綺麗だった。唇が紫になってるだけで、病院で見たあんな苦しそうな表情を微塵も感じさせないくらい安らかな寝顔だった。
本当に、今にも目を覚まして、「クッキー焼けてるぞ」なんて言い出しそうなくらいだった。

 もともとパン職人のじいちゃんで、現役を退いてからもずっとクッキーやらラスクやら水ようかんやらを作り続けて、そのお菓子の味と言えばもう親戚の間だけじゃなくて、僕の友達の間だとか、果ては僕らの先生の間にまで有名な程だった。休みの日にじいちゃんの家に行くと、必ず奥の台所からクッキーを焼く甘い匂いが香ってきて、できたてで熱々の奴を弟と一緒によくつまみ食いをした。

 幼稚園のころだったか小学生のころだったかよく覚えてないけど、クッキーのレシピを教えてもらって母さんと挑戦したけど、結局サブレみたいな平べったいものになってしまって、じいちゃんみたいなふっくらしたクッキーには結局一度も近づけることが出来なかった。じいちゃんだけが作れるクッキーだったのかな、やっぱり。

 最後にそのクッキーを食べたのはいつだったかなぁ、なんて思ったら、そういえばしばらく食べてなかったなぁと気付いた。少し懐かしくなってまた食べたくなったけど、それももう叶わないこととなってしまった。でもきっと、今まで食べ続けてきたあの味を忘れることは無いと思う。

 じいちゃん、おやすみ。