牛島君

 小学校、中学校の時の友達に、牛島君という子がいた。小学校からずっとサッカーをやっていて、気が優しく、周りの僕らをどことなく安心させるようなそんなオーラを出しているいたって平凡な奴だった。ただ一つ他の連中と違うところと言えば、耳の穴が異常に汚かった。

 もう一度繰り返す。牛島君は異常なまでに耳の穴の中が耳クソだらけだったのだ。一般のレベルを遙かに凌駕した桃源郷が彼の耳の中に広がり、あげく僕らが普段平穏に過ごしているこの現実世界をも浸食するかの如く耳クソ様(それこそ本当に様をつけたくなるほどの威厳を放つ耳クソだった)がお顔をコンニチワしているのだ。しかもデフォルトで。

 年を追うごとに彼の耳の中のユートピアは広がりを見せ、いてもたってもいられなくなった僕はとうとう彼の耳クソ様に戦いを挑むことを決意したのである。そう、牛島君の耳クソが普通の人々と違っていたように、今まで語ることはなかったがこの僕の耳掃除に対する情熱も世間一般のボーイズエンガールズとはひと味(というかかなり)違っていたのだ。

 しかし、耳クソ帝王との戦いを前にして牛島君の猛烈な拒否に合う。よくよく考えてみれば、耳掃除の好きな人間にあれほどの耳垢が溜まるわけはない。それでも僕はあきらめなかった。「閉ざされたドアの向こうに新しい何かが待ってるんだぜぇえええええ」

 そんな僕のほとばしる耳掃除への情熱だけで牛島君を説き伏せた。そしていよいよ帝王との対決。しかし、ユートピアの主の抵抗が無くなった今、帝王にそれを守る術も力も残されているはずなど無く、あっけなく僕の勝利(キレイに耳掃除完了)となった。夕日をバックにして耳かきを片手に言いしれぬ勝利の余韻に浸る馬鹿が一人。

 そんな出来事から数日後、僕の元に牛島君がやってきて僕の顔の前に耳の穴を突き出して満面の笑みでこう言った。「りゅーきに耳掃除して貰ってすごく気持ちよかったよー。はまっちゃったからまたやってね!!」

 正直、なんだか開いてはいけないドアを開いてしまった気がした。